サラ・ブレイクリーの輝かしい功績とは?

『Spanx(スパンクス)』をご存知ですか。

現在、50カ国以上もの人々が愛用している体型補正効果抜群のレギンスや下着を主に扱うアパレルメーカーです。

この起業の創業者であり経営者であるサラ・ブレイクリーは、その美貌と知恵、行動力で、世界の代表的な敏腕女性経営者として、また、女性経営者を鼓舞するリーダーとして様々な米国有名番組に取り上げられてきました。

実際、2012年には自己資本が1億ドルとなり、41歳にして「自力で財を築いた」最年少の女性億万長者としてフォーブスで紹介されました。

彼女が44歳の時には、「世界で最も影響力のある女性100人」のうちの1人にも選ばれ、現在でも、女性の下着にとどまらず男性向け商品の販売や大手ショッピングセンターのターゲットとのコラボなど精力的に活動しています。

彼女が多くの女性経営者や起業希望者を引きつけるのは、その輝かしい功績や美貌だけが理由ではないのです。

それは、挫折を繰り返しながらも、ここまでのし上がってきた強い精神力と行動力にあります。

彼女はどのような人生を送ってきたのか、見ていきましょう。

挫折だらけの人生、そこで見つけたアイディアとは

サラ・ブレイクリーは、父親が弁護士だった影響から、彼女の父のような弁護士になるという夢を小さい頃から持っていました。しかし、試験(LSAT)合格ならず断念。

夢をあきらめ、エンターテイメントに興味があった彼女は、ディズニーワールドのグーフィ役にも応募したのですが、結局背が低すぎてチップになる事に。また、それと同時に売れっ子コメディアンを目指していましたが、これもうまくいかず諦めます。

若い頃は挫折し続け、結局ファックス機を訪問販売する会社に7年間働くこととなりました。

毎日断られ続けながら訪問販売をしていたおり、突然彼女の運命を変える日がやってきました。

ある日、彼女はパーティにはいていく新品の白いスラックスの下に、ストッキングの足部分をはさみで切って履いて行ったそうです。

咄嗟の行動でしたが、足部分を切ってしまえば、ストッキングの下半身補正効果をそのままにオープントーのサンダルでも快適に使えると感じた彼女。

こんな商品が欲しい女性は他にもたくさんいると確信したサラは、ファックス販売をしながら、週末に『スパンクス』(補正効果付きレギンス)の原形を作成し始めたのです。

成功への道のりはイバラの道だった!?彼女の営業法は?

当時27歳だった彼女は、頼れるメンターがいるわけでも、スポンサーがいる訳でもありませんでした。

なけなしの5000ドルの貯金を切り崩しながら、製造業者に自分のアイディアを持って、製造を頼んでは断られ、頼んでは断られの繰り返し。

靴下類を製造する業者は軒並み男性であり、サラのアイディアがどれだけ素晴らしいものかを理解してもらうのは非常に困難でした。

やっとのことで、一度断ったものの、情にほだされた製造業者から承諾してもらうことができます。

製造をお願いできたとしても、販売となるとまた一からの販路開拓となりました。彼女が何をしたかといえば、タウンページを開いて、置いてくれそうな店舗に愚直に電話をかけていったのです。

数えきれないほどの電話をかけて、ようやく、何店舗ものアパレルショップを展開するNeiman Marcusの代表者から、移動中の飛行機内10分間であれば『スパンクス』のプレゼンに使っても良いという許可が出ました。彼女はリュックの中に『スパンクス』を入れて、飛行機に乗り込んで行き、なんと、トイレで『スパンクス』使用前後を実演して見せたのです。

実演を目の当たりにしてNeiman Marcusの代表者は、ショップ7店舗での販売を約束してくれました。

これが実現すると決まってからも、サラは止まりません。7店舗がある都市に住む友達や学生時代の同級生に電話をかけ、スパンクスを実際に買ってもらうようお願いして回りました。後から代金は全て支払うということを約束した上でです。そうやって代金を支払って行けば、もちろんお金は底をつきてきました。

しかし、そんなときに、超有名司会者オプラ・ウィンスリーが突然電話をかけてきたのです。その電話は、彼女の商品をオプラの人気トークショー番組内で紹介したいという素晴らしい知らせでした。

この番組放送で『スパンクス』に一気に火がついたと言われていますが、これを仕掛けた張本人こそサラだったのです。彼女は、オプラの番組に、『スパンクス』本体とその作成ストーリーを書いた手紙をプレゼントしたのです。製品だけでなく、彼女のストーリーにも興味を持ったオプラが、製品の紹介と共にサラに番組出演をオファーしたのでした。

非公開企業でありながら、2011年には100人以上の従業員を雇用し、売上は2002年の15万ドルから2014年には400万ドル以上へと拡大しました。

彼女の成功の秘訣とは?

彼女の成功の秘訣は、失敗しても何度も立ち上がる強い意志と優れた営業能力にあるのではないでしょうか。

一つには、彼女の父親の教育が大きく影響したようです。

一日の終わりには「今日はなにをした?」でも「今日は何が出来た?」でもなく、「何を失敗した?」と毎日聞かれたと言います。

ここでのマインド形成は大きかった事でしょう。

また、彼女は、7年間、毎日のように断られながらもファックスの訪問販売を繰り返しました。

このときの事を彼女は振り返り、「よい人生訓練になりましたよ」と言っています。

否定的な言葉に慣れながら断られてもめげない心と、訪問販売の短時間に商品を魅力的に説明する方法、YESをいかにして引き出すかという営業方法を絶えず考え、地道に身につけていったのではないでしょうか。

ビジネスに関して言えば、大学で学んだ訳でも、誰かに教えをこうた訳でもないのです。

彼女がとった方法は、地道で愚直で決して格好がいいものではありませんでしたが、古典的で優秀なマーケティング・営業方法をおさえた素晴らしい戦略だったと言えます。

そして、金銭的なリスクを負いながらも、自分で考え前へ前へと進んで行く訳です。

実際、「どんどんリスクをとればとるほど、失敗は増えるものである、しかし、その中にすばらしいギフトがかくれている。」といっています。

誰も方法を教えてくれないときに、「自分だったらどうする?」ということをかんがえて創造的に動く事を社員にも徹底的に指導しているというサラ。

亡きスティーブジョブスも、意識的に、皆までいわず、社員自身に創造させプロジェクトに取り組ませたと言います。

そういう意味では、個人として優秀な営業マン、マーケッターであっただけでなく、大企業の経営者として従業員の育成にも長けていたということになりますね。

何度も挫折を繰り返しながらも、ファックスの訪問販売員から、億万長者へとのし上がった『スパンクス』創業者サラ・ブレイクリーの成功ストーリーでした。

http://www.oprah.com/oprahshow/Howd-They-Do-That
http://www.businessinsider.com/how-rejection-helped-billionaire-spanx-founder-sara-blakely-2015-6
http://www.businessinsider.com/the-fabulous-life-of-spanx-billionaire-sara-blakely-2015-5
http://www.spanx.com/

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